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礼拝説教原稿―❽2018.10.28聖書箇所:伝道者の書8章6-8節 泉南聖書教会 大寺俊紀
「全ての営みにある、ときと裁き」

初めに:こんにちは。随分お久しぶりのメッセージです。記録を見ますと9月16日以来で、6週間ぶりです。この間、信徒説教(9/23)、ネット礼拝、外部講師(安井師)修養会、B&A展があり、お蔭さまで、入院・手術、修養会、B&A展という過密スケジュールも無事終了しました。入院・手術は、予定以上に好結果で、担当医師が楽観しておられたのに驚いた程です。前回は、手術後出血もあり、絶食で栄養剤点滴もあり、退院が伸びましたが、今回は逆に早まり、次回は検査して「大腸は完治している」と言われそうです。
 修養会に関して大事なことは、
① 「教会の基本方針、伝統の保持、継承」=教会のあり方を正しく確認して、
② その「正しい継承」の必要なことも、具体的に助言していただきました。
③ 上の目的のために、「単立の独立教会で、会堂があり信徒がいて、借金がない」ことで、防衛措置の必要なことも話し合いました。
~異端の場合は、5年、10年かけて乗っ取りに来るそうです。異端でなくても、全く異質の、人が支配する群れに変えられることもありますから。(詳細は後ほど)
 B&A展では、お茶の水のクリスチャンセンター4階にあり、1年365日、毎日礼拝をしているTPCの和気代表や奉仕されているゴスペル歌手の姉妹も来て下さり、「メッセージに来てほしいと」依頼されました。TPCは年間200人以上の牧師が、全員奉仕でなされています。
 三橋牧師にも、画廊と倉庫、そして自宅アトリエや倉庫の作品も見ていただきました。

一、伝道者の書とソロモン
1)選ばれ・愛されていることの凄さ=全てご存じの主
●ダビデ王については、前回のネット礼拝でも、三橋牧師が紹介されていたから今日は省くが、初のイスラエル統一国家の王として偉大な功績を残したダビデ王にはバテシェバ以前にも複数の妻がいた。特に、初代の王サウルに追われて逃亡していたマオンで、不思議な出会いをしたアビガイルは印象が深い。
●ソロモンの誕生に当たっては、ダビデの唯一の大きな汚点があった。Ⅱサムエル記7章で与えられたダビデへの永遠の約束は、長男アブシャロムではなく、アムノン、キリアブでも、アドニヤでもなく、王位継承の系列に入っていなかったが、主に選ばれ、ダビデにも選ばれたソロモンとなったが、ソロモンの母バテシェバは、元はイスラエル兵のウリヤの妻であった。 しかし、ダビデは連戦続きで、疲れ、戦いは連勝で、油断も生じたと見える。
 ダビデは、部下だけを戦線に送り、自分は戦いに出ず、宮殿に残っていた。そして、午後、バルコニーを歩いていて、目に留まったのが、水浴びをしていたウリヤの妻バテシェバだった。
 バテシェバは王の所へ呼び寄せられ、その後妊娠したことがわかったので、王に告げた。ダビデは、妊娠をごまかそうとして戦地にいる夫のウリヤを呼び寄せたが、律儀なウリヤは、仲間が前線に残っているのに、1人だけの特別扱いを良しとせず、家に入らなかったために、ダビデ王は前線に送り返して、「ウリヤが前線で死ぬようにせよ」との指令を出す。
 王の策は成功して、ウリヤは死んだが、バテシェバはダビデの妻とされる。ただ、このダビデの蒔いた種は、長く厳しい収穫となる。ダビデの娘タマルは、その兄アムロンにレイプされ、アムノンは彼らの兄弟アブシャロムに殺害された。更に、アブシャロムは父ダビデに反逆し、争いの中で殺された。(Ⅱサムエル記11-12章)
●兄たちが次々と罪を犯して失脚する中で、バテシェバによる子ソロモンだけが守られてダビデの世継ぎとなる。主は、初めから王位を継承するのは、バテシェバの子しかいないことをご存じでいたと驚かされる。
2)ソロモンは「平和の子」
●ソロモンとは、シャーロームに由来する「平和、平安」の意味である。(前971-931)彼は、姦淫によってできた最初の子の、死の後に生まれている。
 ダビデの晩年、イスラエル人の母を持ち、おそらく生存する最年長の実子であったアドニヤは、王位に就くことを切望し、将軍ヨアブと祭司エブヤタルの支持を取り付け、エン・ロゲルで、前祝の宴を催した。(Ⅰ列王記1:5-9)これを聞きつけた預言者ナタンはバテシェバとともに、主から世継ぎの子として決まっていたソロモンを即位させることを強く推挙し、ダビデ王は護衛長ベナヤ、祭司ツアドクと共にソロモンを王座に付ける。
●即位したソロモンは、王権を狙い続けるアドニヤを処刑するが、ソロモンは当初寛大な処置を取った。しかし、王位を奪うことに固執したアドニヤは失脚。さらに将軍ヨアブ、父を呪ったシムイ等を打ち取って王座を確立するが、その手法は残忍なものではなく、其々が自ら自滅するのを待つ手法であり、ある意味「平和的な」ものだったと言えよう。
3)「知恵」を求めたソロモン*Ⅰ列王記3章)
●ソロモンの素晴らしさで、まず驚かされるのは、Ⅰ列王記3章である。
 エルサレムの北西9・6キロのギブオンでのこと。契約の箱はダビデがエルサレムに運んでいたが、「幕屋と青銅の祭壇」はギブオンにあった。
 夜、主はソロモンに「「あなたが欲するものは何か」と尋ねた。その問いに対してのソロモンの答えは主を喜ばせた。なんと、彼は、富と力も、名誉も求めずに民を治めるための「知恵」を求めたのである。それはソロモンの真の偉大さと若々しい敬虔さを示していた。
 以後、彼が与えられた知恵は、「ソロモンの知恵」と呼ばれるほどのものとなった。その素晴らしさは、当時の世界中に広がり、シェバの女王も知恵を聞きに訪ねてきたほどである。
●ソロモンの知恵は、へりくだって主の知恵を求めたことから来たもので、それは、私たちクリスチャンにも通じることである。
彼の知恵は、具体的例として、「遊女の子をめぐる裁判」(Ⅰ列王記3:16-28)があるが、日本の「大岡裁判」なども、これをモデルとしていると言われる。
 現存する箴言のすべてがソロモン作ではないが(例:31,32)、ソロモン時代に由来する資料が中心となっていることは確実である。(箴言1:1,10:1,25:1など)
 又、詩編の中にも、ソロモンの名がつけられたものがある。(詩編72.127篇)、又、雅歌も伝統的にソロモン作とされる。
●また、ソロモンは、知恵だけでなく、求めなかった「力と富」も与えられる。(4章)
①まず、ソロモンは当時の最強国の王位を継承したと言える。当時の周辺諸国は、現在のエジプト、イラン、イラク、トルコなどの「大国」も、いずれも弱小国に過ぎず、イスラエルは中東最大の安定した国家だったというから、これも「主の計らい」だと驚嘆している。今日のテーマでもある、「主のとき、主の備え=全ての営みにあるときと裁き」と言えよう。
②首都エルサレムや地方の要害を固めることから始まったソロモンの事業は、エルサレムに神殿を建てることで頂点に達した。ダビデ王ですら許されなかった神殿の建設であるが、父の遺志を受け継ぎ、父ダビデが蓄えていた資材に加えて、ツロのヒラムの協力を得て、子とダビデの町の北の丘に神殿を建てた。そして、豪華な調度品を揃え、祭司、レビ人、門衛、歌うたい(聖歌隊)なども整備した。
4)ソロモンの問題点
●しかし、ソロモンは完全で、何一つ問題や、罪、欠点のなかった人間ではない。その動機は、伝道者の書に正直に書かれているが、成功して、「栄華を窮めた」結果は、ソロモンの信仰をも揺るがすこととなった。
●近隣諸国との親密な関係は、「婚姻関係」につながり、モアブ・アモン・エドム・シドン・ヘテなどから妻とそばめを召し入れ、その数は、妻700人、そばめ300人と記されている。(11:1-3)
 ソロモンは、それぞれに異教的な聖所をつくることを許し、信仰の堕落が始まる。晩年にはソロモン自身の信仰も薄れた。(11:4-8)特に、エルサレム東方のオリーブ山に、人心供犠を行うモレク神殿も建てられた。列王記は、これが王国分裂の主なる要因となったと明言している。(Ⅰ列王11:9-13)更に、これは、ヨシヤの時代まで残存した。(Ⅱ列王23:13-14)

二、知恵を与えられるソロモン*箴言、伝道者の書、雅歌
知恵を求めたソロモンの「遍歴」
●さて、ここから伝道者の書に触れたいが、今日の中心聖句の8章6-8節に至る、彼の精神遍歴、思考の過程を振り返りたい。
➡ここで、注意して欲しいことは、この書にあることばは、全て主のことばではなく、「ソロモンの、人間的なことば」が多く、多くの罪や間違いも含まれているから、途中の一つ一つを、全て主のことばとして教訓にしてはならない。
①1章:「空の空。すべては空。」との哲学的な思考から始まる。その言葉の中に、エントロピーの法則につながる循環論が見られるのは特筆される。
 ここで、ソロモンが、「知恵と知識」だけでなく、「狂気と愚かさ」を知ろうとした、という点が、先ほど紹介した多くの妻とそばめなどにつながる。また、18節のことばが面白い。「実に、知恵が多くなれば悩みも多くなり、知識を増す者は悲しみを増す。」
②2章:1:17のことばを実践したというのが2章である。3節にある通り、「何が良いかを見るまでは、愚かさを身につけていようと考えた。」として、事業を拡大し、邸宅、ぶどう畑、庭と園を造り、あらゆる種類の果樹を植え、森や池も造った。そのあとは奴隷、多くの牛や羊、銀、金、宝、男女の歌うたい、そして、快楽である多くのそばめを手に入れた。
➡しかし、どんなことをしても、全てが空しい、風を追うようなものだ。2:11)「王の後を継ぐ者も、すでになされたことをするのにすぎない。」2:12)
*2:15「私は心の中で言った。『私も愚かな者と同じ結末に行き着くのなら、それでは私の知恵は何の益になろうか。』と」
③3章:とても有名な「時」に関することばである。「天の下では、何事にも定まった時がある。」で始まり、「生まれること、死ぬこと:「植えるとき、収穫のとき」、「殺し、癒し」、「崩し、建てる」・・・と続く。それは、次の重要な言葉にたどり着く。*3:11」
「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし、人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」
 そして、14節では、「私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければいけない。」とある。
④ 7章:(4-6章は省略)7章で、特に注目を受ける言葉は、2節の「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行く方がよい。」である。理由も書かれている。
「そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。」7:2B)
➡人は、楽しいことだけを求めていると、大事なことを忘れてしまう。いや、むしろ、嫌なこと、辛いことを忘れるために(考えないために)楽しいことだけに夢中になろうとする傾向がある。しかし、それでは、「終わり」が見えてきたときに慌てることになる。早くから心に留めて生きていれば、もっと良い人生を送れたのに、とか、もっと大事なこと、役に立つことができたのに、と思っても遅い。これは、12:1の「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また、『何の喜びもない』という年月が近づく前に。」とのことばにつながるものである。
●さらに、7:13には「神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできようか。」のことばもある。このことは、次の章で再度取り上げたい。
 
三、全ての営みにある時とさばき*8章)
1)人にふりかかるわざわいが多いから
●先週の修養会では色々なお話が聞けて、とても有意義であった。修養会メッセージと説教だけでなく、お茶の時間の交わり、散歩に出かけたとき、食卓を囲んでの時などに語って下さるご夫妻の経験、証しなどにも素晴らしいものが多く、来ていただいて本当に感謝している。
●安井亨伝道師のご経験は皆さん既にご存じであるが、今回、安井師はご家族の多くを同伴されて、15年も続いた「わざわい」が完全に主のお力(主のわざ)によって解決していただいたことを私たちの目の前で。文字通り見せていただいた。奥様や娘さんご夫妻と孫たち、普通の幸せな風景であったが、この日が来るのに15年も必要だったとは、主のご計画の大きさ、みわざの完全さ、厳しさを改めて教えられる。
●8:6には、「すべての営みにある時とさばきがある」ことを教えている。「何が」「いつ起きるか」「だれも告げることは出来ない」が、それは、「風を支配し、風を止めることのできる人はいない」=全ては創造主の主権によることを示している。同じように、人間は「死を支配することはできない」のである。人は、全てを主に委ね、主を恐れ、憐みを求め、主の御心に沿うべく、主に従っていくことが大事である。
●7:13には「神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできようか。」のことばがあった。人の心が曲げられ、対立や迫害が生じることがある。それも、主のご計画のうちにある。だから、曲げられたものが元通りになるのも、主のお力による。自分で戻すことは出来ない。
➡安井師への迫害や、曲げられた人間関係も、みことばによる励まし、祈りによるとりなしと支えがあり、師自身も、応答して、「創造科学」の進展のために働かれたからこそ、多くの優れた書籍やDVDが発行され、用いられるようになった。つまり、曲がったものが元通りになるときに、大きな副産物が与えられ、結果として、関係が元に戻った以上に、さらに先に進み、主の栄光が現われたのである。
2)ハワイでの開拓の苦難の中での「主のとき」
●21日(日)午後に同席された方は一緒に聞いて下さったが、三橋牧師夫妻がハワイで開拓伝道していたころのご苦労は大変だったらしい。とても想像していたものではなかった。
(1)開拓教会の会場は、「借家、借り部屋」で、それは、点々と場所を変わったとのことで、何度引越ししたかわからないとのこと。
(2)教会の経済、牧師夫妻の経済も常に「どん底」で、今日の米やパンもないという日も多かった。「今日は青年が10数人来るから」、と、食事を出すことになっていたのに、「お米しかない。惣菜が何もない。主よ、どうしたらいいのですか?」と必死に祈ることが何度もあったとのこと。勿論、そんな時は、一度ならず、その都度、近所の方(祈りの友)が、「卵を貰って―」と3ダースの卵、又、「大量の魚」を届けてくれたこともあった。
(3)途中で、しばらく来会されていたある男性は、「この教会も、牧師も、何も良い所がなく、今後の展望や可能性がない」と言って離れた、ということもあったとのこと。
(4)更に、ある時、お嬢さんに大変なことが起きたそうである。(未婚での妊娠など)
しかし、行方不明だったお嬢さんは、相手の男性とともに後日悔い改め、今では、彼は神学も学び、宣教師になって主に仕えているそうである。このような、奇跡的なわざは、まさに「主のわざ、主の時」ではないか。
(5) 又、長期間不遇だった開拓教会も、ついには、「旧日本人学校」だった校舎を購入することができたというが、その時のお金も突如主から与えられたものだとのこと。そして、20年がたち、後継者も二人出来て、札幌の教会に呼び戻されて今日に至っている。さらに、九州にある、関係する家庭集会(伝道所)も、そのハワイ教会から日本に帰国された兄弟が始められたものである。・・・
3)すべての営みには時とさばきがある。*6)
●今回、東京で、B&A展を見て下さった方の中に、シンガーソンガーライターのYoko Yagiさんおられたが、、彼女とは、以前からFBフレンドになっていながら、友だち申請の時以外一度もメールのやり取りがなかった。ところが、今月私が入院手術をした際に、お見舞いのメールを下さり、退院後にお礼のメールを出した。そこで、思い出したのだが、先月、その方も入院手術をされていたから、その後が気になっていた。このお互いの入院・手術がきっかけになって、互いに励まし合うことが出来て、歌を聞かせていただき、私の作品を見てもらうことともなったから、こうして、病気ということも、主が用いて下さり、また御業をなして下さるのではないかとの思いを与えられた。また、復活祭に奉仕下さった服部さん他多くの方との再会も、主のわざにつながるのではないかと期待している。
●最後に、もう一度皆で、今日の聖書か所を読みたい。6-8節)
安井師や三橋牧師の例にもあるように、「主の時」がある。「集まるだけでなく、散らされるとき」もある。苦しい時もあるが、癒しのときもある。何が起きるのか、いつかを知っている者はいなくても、主はご計画を持って下さっているから、その日を信じて、一緒に祈って歩んでいきたい。
●祈り

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泉南聖書教会

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