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「Q&Å:1「聖霊とキリスト」について

一、「聖霊」について
1、「聖霊」とは、父、子、御霊の三位一体の主の一位格ですから、創造主=神である。だから、いたずらに恐れたり、反抗したり、憎んだりしないでください。
2、まず、聖霊は、天地創造の最初に登場して働いておられる。父の声があり、聖霊が動き、光(キリスト)が登場する。
3、次に聖霊は、キリストを救い主と信じる者に「宿って」下さいます。助けぬしであり、教え、導き守って下さる方。
  天に父がおられ、地上に来られるときにキリストとしてこられ、信じる一人一人に宿って下さるのが聖霊。
4、クリスチャンは大勢いるから、聖霊も、一人一人に、多数宿って下さるが、皆同じ聖霊。
5、一人一人の「助け主」であるから、キリストの様の前に立つときも(一般の人はキリストの裁きの座に立つ)弁護して下さるのが聖霊様。
6、「逆らってはいけない」という理由は、自分の弁護して下さる方だから。
7、聖書も、聖霊様が導いて書いてくださっているから、聖書の教えに素直に従うことが、聖霊様に従うこととなる。
二、「GOD、神」について
GOD=日本では「神」。創造主、聖書でいえばヤハウエ様
1、「創造主」一番大事なことは「創造主」であること。ですから、永遠、全知全能、義なる方、愛なるからです。
 そのことは、自然、人間、などの被造物を見れば理解できます。偶然からはこのような完全な宇宙や、小宇宙と呼ばれる人が存在するはずがありません。
2、創造主だから、「裁き主」であり、「救い主」でもあります。ご自身に従わない者は裁かれます。完全に美しい神の国に、殺人や強盗をするものが存在できない、創造主を礼拝せず、乱暴狼藉を働く不法な者を赦すはずがありません。「不信仰、不従順」な者、自分勝手な生き方をする者も同じ。
3、「愛なる方」であるから、信じ、従う者を守られ、永遠の命を与えようされる。ご自身が永遠のお方ですから、その命を下さる。
4、「三位一体」:創造主=ヤハウエ様(ありてあるもの=自存する者の意味)は「三位一体」の方。
三、「三位一体・キリスト」について
 天におられるだけでは、ご自身を被造物(特にひと)に示すことが困難。もともと、天の父は、目に見えない方、誰も近づけない方。しかし、地上のひとにご自身を示したい(教えたい)時に、ご自身が天にいながら、同時に地上にもいる(来る)ためには、もう一つのご自身が必要となる。だから、第二位格として、「子なる神キリスト」を地上に送られる。
5、だから、子なるキリストは、父そのものが地上に来られた方。しかし、このことは「人をだます偽者が登場する危険性がある」ので、様々な方法でそのことを防がれている。
イ)元々、イスラエルの律法で、「わたし以外の神があってはいけない」と偽物の登場を警戒させている。
ロ)聖書全体を通して約400か所で、人となってくるキリストが父なる神であることを教えている。
ハ)重大な箇所では天からの声で、キリストが「わたしの子」であると示している。
ニ)キリストご自身が何度も説明している。
「わたしを見たものは父を見たのです。」ヨハネ14:9)
「わたしが父におり、父がわたしにおられることを、あなたは信じないのですか。わたしがあなたがたに言うことばは、わたしが自分から話しているのではありません。わたしのうちにおられる父が、ご自分の技をしておられるのです。」ヨハネ14:10)
ホ)多くの奇跡のしるしで、天から来た者だと証明している。(死人を生き返す、不治の病の人を治すなど)

6、父である方が人として地上に来られたのがキリストであるから、キリストに、自分の不信仰の罪を悔い改めて、救いのためにしてくださる救いのわざを信じなさい、と言われている。それは、私たちを愛して、身代わりに罰を受けて十字架で死んでくださったこと。
7、罪の赦しと愛の証として、信じる者に命が与えられる証拠として、「イエス様は死後3日目に復活して下さった。」だから救いが確かである。
~この時、三位一体でなく、天の父だけなら、キリストとして地上に来られて殺された瞬間、天地に創造主がいなくなり、天地の法則が破壊される~だから、地上で殺された第二位格のキリストを、第一位格の天の父が、御使いや聖霊を使って復活させられた。三位一体だからできること。

三、「三位一体・キリスト」:2
1、~キリストが父でもあることについて~
1、創造主は、最も有効な方法を取られている。それは、天にいながら(父)、地上にも来られ(キリスト)、同時に信じる一人一人にも内在して下さり(聖霊)導かれるというものです。
イ)父は、常に天におられ、動いてはいけないはず。(天地の法則を維持されている)また、光の中におられ、誰も見ることも出来ない方=エネルギーそのものの方である。しかし、同時に心、知性、霊性など(神格)を持たれる。地上に声をとどろかせることはできるが、降りては来ない。
ロ)父が地上に降りてこられるときは、第二位格=キリストとして来られる。旧約聖書中にも、アブラハムやダビデなどに現れておられる。そして、父としての言葉を語り、わたしと父とはひとつですと教えておられる。
ハ)次に、自分の罪を認め、告白し、救いを求めたものを赦すために、父の言葉を伝える役目をもってキリストとしてこられた。しかし、それは、私たちを赦すために、私たちの身代わりに十字架で死ぬという悲惨なことであった。それほど私たちを愛されているということ。このことを信じた者には、父の子(=キリストの子)として約束の聖霊を下さる。聖霊はすべての信じた者に宿る。そして、天に上るときは聖霊が導いてくださる、また、保証としていてくださる。

2、キリストが三位一体の主であることを教えるために、次のようにされている。
イ)聖書を通して、数千年という年月をかけて預言しておられる。最初のひとアダム以来約4千年。
 創世記以後はモーセが書いた(一部編さんした)と言われるが、その後1600年間で約40人が書き、66巻あり、一切矛盾しない。全て、キリストが父から使わされて救い主として地上に来られることを教えている。一切間違い、矛盾がない。他のどんな宗教にも、生まれる前から預言されていた人は一人もない。キリストだけが、生まれる前から全部なさることが書かれていた。
ロ)キリストは、人類の罪のために殺され、埋葬されたが、約束通り、三日目に復活してしばらく地上で過ごし、弟子の目の前で天に上られ、再度来ることを(再臨)約束された。~再臨の前に世界がどうなっているかを書いているが、最近の世界はまさにその日が近いことを示している。~
この死と復活のことも、聖書に多く書かれていた。実際に復活がなされて初めて弟子たちが確信し、その後「聖霊」を送られて、彼らの伝道が始まり、教会が出来た。つまり、父のご命令により、子キリストが地上で人々を救うための(贖いという)死と復活をなされ、それを信じた者に聖霊が与えられる、こうして父、子、御霊(聖霊)が分担して、一つの事業を進められている。どれか一つでも欠けてはできない。
ハ)キリストはほんのしばらく「人」としてこられたが、復活して天に上り、父の側で、全能者として座につかれている。人を礼拝するのではない。
*ピリピ2:6「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿を取り、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし。死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。・・・」

3、「キリストの三位一体と、人としてこられた意義」-続き
1)この世界には、3つにして初めて成立するものが多くある。
 一番有名なのが「水」。固体、気体、液体、いずれもH2O。
 家庭(父、母、子で家庭になるー夫と妻だけではまだ夫婦)
 信号(交通事情によっては、赤の点滅などもありますが、通常は赤、黄色、青でないとスムースに行かない)
 裁判所(裁判官、検察官、弁護士)弁護士がいない裁判は恐怖の独裁国家です。)
 スポーツ(審判、相手チーム(選手)、味方チーム(選手) 等々

①天にいながら(父)、地上にも来ることが出来て(キリスト)、しかも救われたすべての人に内在できる(聖霊)。
②キリストが世に来られるときのために、人と交流できるために、最初のアダム(人)は、キリストの形に創造されていた。偶然ではなく完全に、人は「神、創造主のかたち」に造られている。
*「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに創造された。」創世記1:27
*「そこで、子たちはみな血と肉を持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を開放してくださるためでした。」*へブル2:11)

③キリストは、見えない神(父)のかたちである:*コロサイ1:1.165『御子(キリスト)は、見えない神(父)のかたちであり、つくられたすべてのものより先に生まれた方です。なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。・・・すべて御子によって作られ、御子のために造られたのです。」
④父は、人が見ることが出来ない方:
*Ⅰテモテ6:15-16「神(父)は祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、ただひとり死のない方であり、近づくこともできない光の中に住まわれ、人間がだれひとり見たことにない、また見ることのできない方です。誇りと、とこしえの主権は神のものです。アーメン」

4)「キリストの三位一体と、人としてこられた意義」-続き-2
(1)「人となってこられた最大の目的」=人の罪を赦すため(救うため)
●創造の始めには「死」がなかった!~このことをご存知でしたか?
1)創世記1章を見ると、植物や天体の後に、空の鳥、海の魚、動物、家畜たち、最後に人が創造されて地球の創造が完成されたとき、「神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。夕があり、朝があった。第6日。」*創世記1章31節)と書いている。意味なく死と自然淘汰があって進化したのではなく、全てが創造主の御手によって創造され、そこには死がなかった。永遠に自存する創造主が作られた地球には、死があるはずがない。永遠の喜びの世界。これは未来の永遠の世界と同じである。
2)創造主は、最初のひと(アダム=ひとの意味)に、一つだけ守るべき戒めを与えた。
それは、「自分が全能の王の立場に立ってはいけない。自分で善悪を判断し、自分勝手に生きてはいけない。わたしの戒めを守り、わたしを信じ、従って生きる」という意味であった。
それは、聖書では、子どもでもわかるように『「善悪の知識の木」の実を取って食べてはならない。そうすればあなたが必ず死ぬ』と書かれている。
 聖書では「食べる」ということばは、自分のものとして内に展開するということで、習慣的な行動をさす。また「死ぬ」というのも、「主とのつながりが切れる」という意味であった。(実際、この後、アダムは木の実を食べてもすぐに死なず、エデンの園から追放されている=つながりが切れている。
3)3章には「蛇」と書かれている「サタン」が登場し、アダムに罪を犯させようと誘惑する。
「その木の実を食べても死なない」「あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになることを神は知っているのです。」と言われているから、木の実の真の意味が分かる。
4)罪を犯したアダムとイヴは、神から逃げるようになり、隠れた。そして、「あなたは、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか。」と聞かれても、罪を認めて謝ることをせず、人のせいにした。(3章8-13)
5)まず、神は蛇(サタン)に厳しい宣告をした。(14節から)次に人にも「死の宣告」をした。(16-19節)
6)その言葉の中で、15節では、サタンに対して「女の子孫=女から生まれる者」が蛇の頭を踏み砕くこと=滅ぼす事を教えた。但し、そのひとは自分も「かかとをかまれる」=傷を受けることも教えた。これは、女から生まれてくる(わざわざ断っているから普通の人間ではない)者は自ら傷を受けながらも(十字架の死と復活)、死を滅ぼす、サタンを滅ぼすと予言された。サタンや死を滅ぼすことは、ひとにはできない。これは、人として地上に来られるキリストの預言。
7)罪を犯して死が入った人に、それを救うために地上に来られる。それは、自らが身代わりに傷を受ける(十字架の死と復活)を通してなされる必要があった。つまり、これが、人として地上に来られる最大の目的。
8)人にとって大事なことは、罪を認めて悔い改め、わたしのために身代わりに死んでくださった愛を感謝して信じること。この『救いの原理』を聖書は教えている。人が、自分の力で救いを達成しようとするのではなく、創造主が備えて下さったキリストによる救いを受け入れ、信じ、従うことが必要。「これ以外に救いはない」と聖書は教えておられる。
*ヨハネ3:16「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子(キリスト)を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
*ヨハネ6:45「だれも父を見たものはありません。ただ神から出た者、すなわち、この者(キリスト)だけが、父を見たのです。」

つづく

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