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藤田嗣治展と藤田作品について
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CHAPELLE FUJITA
20才で「抽象画の洗礼」を受けていた私は―ちなみにキリスト教会での洗礼は48歳― 正直言って、藤田の作品は、以前は興味がなかったし、しっかり見た記憶もない。倉敷や東京のどこかの美術館で見たかもしれないが、鮮明な記録もない。渡仏中に、何度も訪れたパリ各地の美術館でも遭遇していない。画集で見た程度である。  しかし、近年になって藤田の信仰のことを耳にし、彼が自分の作品について書いているのを聞いて興味をいだき、今回の映画と展覧会をぜひ見たいと思った。映画FUUJITAを見て、一週間後に東京竹橋での藤田展を見て色々考えることがあった。作品だけでなく、渡仏のきっかけや財政的な問題、戦争画を描くときの彼の心理、思想性、そして、老いてから、過去の最後の数枚を除く全作品を否定する彼自身の心境にも思いを馳せた。
1、 まず、作品については、大きく三種類あり、①は裸婦と猫の作品、自画像や女性の坐像などと風景画。②は戦争画、③は祭壇画と、それぞれ大きな変化がある。近代美術館の展覧会では、①は4,5点で風景画も含む、③は一点もなく、残りは全部②の戦争画であった。③については、フランスのランスのフレスコ画なので、現地でしか見られない。他に彫刻も3点あった。今回は「収蔵作品展」ということなので、①についてもこれ以上展示できない事情があったと思うが、画集などでは、大変人気のある裸婦と猫の作品が沢山あり、もっと見たいと思った。
2、 「裸婦と猫」「肖像画」の作品は、裸体が「光を放っている様に」見えるが、それはからだの周囲が薄いグレイやシルバーで白っぽく、絹などの繊維に見えるが、輪郭がグレイで弱いために、からだの白さが周囲にも広がって、輝いて見える効果がある。顔だけは黒く面相筆で描いているため日本画に近く、「天女」の雰囲気もある。西欧人ならそれほど気にしない肌の白さの強調と、東洋的な輪郭線の表現がユニークで支持され、絶賛を受けたと思える。テクニックは素晴らしい。 元々日本画では「裸婦像」の作品はなく、西欧画の裸婦像には、日本画のテクニックはなかったから、藤田の表現は大変独自的で、評価された理由がわかる。印象派の表現方法をそのまま日本に輸入した黒田清輝らの大御所たちとは違い、海外で評価を受けた。このことは、現代にも通じ、私の友人で同世代のパリ在住の画家も、日本にいる時と逆に、黒一色の墨絵のような抽象表現主義的な作品を描いている。東洋的なものを強調しないと、彼らに評価されないところがあるためと思われる。
3、 戦争画については、これは日本以外では全く評価されないと思う。日本の美術館だからこそ、藤田の戦争絵画を多数収蔵している。収蔵の理由は、推測では、一つは「戦争画」というジャンルの作品を保存しておきたいということと、二つ目は藤田の作品だからという二つの理由があると思う。戦争そのものへの是非とは関係なく、歴史的、博物館的な興味もあって保存しておきたいという理由はわかる。しかも、藤田の場合、写真を見て描いたという「真珠湾攻撃の絵」などは、作品としても、陸軍の意図に添いすぎているのではないかという気持ちもあり好きではないが、「アッツ島の玉砕」、「ガダルカナルの玉砕」などの作品の場合は、「戦意高揚の意図」よりも、「戦争の残虐性」を強く感じるから、優れたテクニックとともに評価したい。彼自身の気持ちを知りたいとも思うが、この時期の手記はないのだろうか。
4、 最後の修道院の壁画は、映画の場合のエンドタイトルのバックに使われていたが、個人画集に掲載されることも殆どなく、見るチャンスも殆どないために知られることは今後もないだろう。又、「宗教画」の範疇に入れられると、美術界での評価、関心は一気に低下する。情報を見ると「1955年にフランス国籍を取得、1959年にカトリックの洗礼を受け、1968年1月29日にスイスのチューリヒでガンのため死去。」とあるので、1960年前後の制作と思える。70才頃に洗礼を受けているから、修道院の作も70才前後の制作と思える。今回の美術展では当然一点もなく、私が40年ほど前から持っている画集にも掲載されていないが、最近出版の画集には掲載されていると思うから、後日捜してみたい。  映画の画面で見たものとネットで見た画像では、女性の顔の表現に藤田らしさがあるが、他にはエコール・ド・パリ時代の特徴は殆ど見られない。キリストの十字架像も、裸婦当時の耽美的で日本的な表現は一切なく、普通の肉体表現になっている。十字架像の作品では、周囲にいる群衆の中に、死後4日目によみがえりを受けたラザロの背後に、お馴染みの藤田自身の自画像が描かれている。このことが、彼の信仰の証しであろう。  ともかく、ランスの修道院の作品は、現物も、画集もはっきりと見ていないので、詳しい作品の評価は避けたい。しかし、藤田自身は、「自分の過去の作品は全く価値がなく、最後の数点(キリストを描いたもの)だけが私の作品だ」と発言してきたことに注目せねばならない。それは、世間の評価とは違い、藤田自身は、裸婦と猫の作品と共にあった、自分の罪深い生活への嫌悪と、罪の悔い改めがもたらすものだと思うから、藤田ファンも、彼のこのことばを大切にしてほしいと思う。
大寺俊紀

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